「もし、あの時代にフルーツブーケがあったなら。」— 母が「絶対に使ってた」と語った、その理由
「もし、あの時代にフルーツブーケがあったなら。」
— 母が「絶対に使ってた」と語った、その理由
「こんなブーケ、あの頃にあったら間違いなく使ってたわよ。」
プレジールのフルーツブーケを見せたとき、母は笑いながらそう言った。
驚きと華やかさ、そして“食べられる贈り物”という新しさ。
それは、30年企業で秘書として贈答の現場を見てきた母の目にも、確かな魅力として映ったのだ。
今回は、「当時フルーツブーケがあったらどう使っていただろう?」という視点から、贈答フルーツの新たな可能性を掘り下げてみたい。
“華やかさ”と“食べやすさ”の両立
「お見舞いだったら、もう最高だったと思う。
花みたいに見えて、食べられるって、あの頃の人は絶対喜んだわよ。」
病室では生花を持ち込めないことも多かった。
そうなると、果物が第一選択肢になるが、果物はそのままだと地味に見えることもある。
そこに、花のように見えて、手に取りやすく、すぐに食べられる——そんな贈り物があったらどうだろう。
それは、「気が利いてる」以上の感動を与えるギフトになっていたかもしれない。
“場を華やかにする”という効果
「役員会のテーブルにこれが置いてあったら、絶対話題になってたと思う。
フルーツって、黙って出すものだったから。」
昔の役員会では、果物は食後のデザートとして必ず用意される“必須の存在”だった。
それは華やかさではなく、静かな品格を持ってそこにあった。
けれど、もしフルーツブーケのように見た目に驚きがあるものがあれば、アイスブレイクにもなり、会話のきっかけにもなっていただろう。
見た瞬間に「え、これ果物なの?」というリアクションが生まれるギフト。
それは、贈る人のセンスも伝え、場に華やぎをもたらす“存在感のある果物”だ。
“もらった人の行動”を変える贈り物
「このブーケなら、もらった人が写真撮るわね。今の時代なら絶対SNSに載せてる。」
実際にプレジールのフルーツブーケは、受け取った瞬間に写真を撮りたくなるギフトとして支持されている。
食べる前に思わず「撮りたい」と思わせる贈り物は、“贈られる体験”をより豊かにする。
もし当時SNSがあったなら、
きっと「大手企業の〇〇さんから、こんな素敵なものが届きました」と、社外に広がる効果もあったに違いない。
“時代を超えて届く価値”
30年前にはなかった形。
けれど、“相手を思う気持ち”を届ける手段としての本質は、当時も今も変わらない。
フルーツブーケは、贈り物に新しさを与えつつ、
昔から大切にされてきた“心づかい”の文化を、現代の形にアップデートして届けている。
そして母の言葉が、それを改めて教えてくれた。
▶ 次回予告:「クラウンメロンが語る、“信頼”という価値」
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